ヤマウ蒲鉾 倉敷 倉敷美観地区 かまぼこ 天然塩 手作り 通販

敷のおへそにあたる本町五丁目(旧向市場町)に直売所を経営していますと、倉敷にまつわる行事・イヴェントちょっとしたニュース等、自然に目にし、耳にも入ってきます。この倉敷だよりではそのちょっとした情報を皆様と共用したいと思っております。

今ヤマウの倉敷だより

--------倉敷川(晩夏〜)--------

 ようやく長く暑い夏も終りに近づいたようです。ヤマウの傍を流れる倉敷川も今夏2回目の柳並木の散髪を終え、秋の行楽シーズンに備えているようです。そもそもヤマウは倉敷川ヌキにはその存在もなかったと思われす。ヤマウ近辺は中世末、江戸期、明治、大正そして昭和の初期まで倉敷湊(みなと)の中心であり舟による通商が盛んな土地柄でした。ヤマウのある本町も町名改編までは向市場(むかいいちば)と呼ばれており岸の反対側には魚市場がありました。そのような恵まれた条件が、カマボコの生産と販路の確保に有利にはたらいたと思われます。川を下流の方向へ進んでみましょう。両岸は現在ではおみやげ屋さんが多く目立ちます。昔は各種問屋、かまぼこ屋、酒屋、仕出し屋と職人・町人の町でした。高砂橋と前神橋が見えてきました。観光客の皆さんもここらあたりが南限で道路を越えるとばったり、人通りがまばらになります。

 倉敷川は倉敷市街地の西側をゆったり流れる高梁川からの支流で、少し下流の方へ行くと、こうしてバイパス流となった水が倉敷川へ流れ込み、最近の本流の水質浄化に伴い、ハヤ等の川魚も獲れるようになった。 
 子供達の絶好の釣り場であると同時にゴイサギをはじめとするサギ類の漁場でもある。
 樋門(三連樋門) 倉敷川の河口であった児島湾は100年以上の歳月を掛け淡水化された。これらの樋門は度重なる川の改修工事の名残りで潮止メ・農業用水の確保・水量の調節と時代によりその役目を少しづつ変えてきた。両岸はかなり性格の違う家並が続きます。左岸は船倉町、江戸末期には水夫が多数住んでいた地域で現在でも下町風な構えの家並が向山の斜面下まで続きます。銭湯があったりもします。右岸は旧御船町(みふねちょう)で、昔の面影はほとんど何もなく、コンサート等が開かれる市の芸文館が現代アレンジ倉敷風姿を見せます。前神町から約400mで入船橋に着きます。もし時間があればほんのちょっとここら周りまで足を伸ばして倉敷の別の姿を見てください。
入船橋より見える整備され過ぎた?船着場跡、現在は小公園となっている。
 さらに南に目を転ずると、少しづつ倉敷川はその表情を変えてゆく。川巾は徐々に広くなり、新田と呼ばれる米作地をゆったり南下する。

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