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当初は岡山市内で商いをしていましたが、昭和の初期に、現在の直売店のある横に工場を建てて移転しました。倉敷川はもともと運河で、倉敷紡績(現在のアイビースクエア)に原材料の綿を運搬する舟の往来でたいそう賑わっていたそうです。そうした中で数軒の魚市場が開市されていたそうで、市場に集まる魚屋、仕出し料理屋さんに蒲鉾を供給するため、店を開いたそうです。屋号の今は初代“右佐太”の右に山をつけ、カタカナで“ヤマウ”と読むようにしたそうです。牛窓は日本のエーゲ海とも言われる素晴らしい所です。その牛窓で丁稚奉公していた初代、そして孫の私が探し抜いた末に辿り着いた天然塩の生産地が牛窓というのも、偶然でしょうが何か因果めいたものを感じます。(三代目 岡本幸雄) |